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みんなきっとそれぞれにあったと思うんです。「この人に認められたい」 が

──《自分の絵だけ見てろよ》という言葉の強さというか乱暴さが、いかにも自分に向かって言っている感じです。
何人かに歌詞のことを相談したとき、「ここ、杏沙子っぽくないから変えたら?」って言われたんですよ。「いや、ここだけは《見てろよ》にする。《見てなよ》じゃ違うんだよ」みたいな。《見てなよ》だとちょっと他人事っぽいじゃないですか。自分にも人にもしっかり言いたいから、《見てろよ》なんですよ、ここは絶対に。
──セルフ命令形。《がんばるな 応えるな》もそうですか?
そう。これは絶対に入れたかったですね。ファンの方の感想を見てると、ここに共鳴してくれてる子もいて、うれしいです。これこそね、人を選びますけど(笑)。
──人生にはがんばったり応えたりしたほうがいい場合もたくさんありますからね。
わたしに似た方々は基本、がんばりすぎだし、期待に応えようとしすぎなんですよ。だからこれは入れたかった。自分に対していちばん言いたかったことでもあったから。
描きたい絵よりも「評価される絵」を描こうとしてがんばってる人はたぶんいっぱいいて、わたしの場合、原点にあるのはお母さんとの関係だけど、みんなきっとそれぞれにあったと思うんです。「この人に認められたい」が。いま気づいたけど、《あなたに選ばれたくて》の《あなた》って、完全にお母さんですね。
──めちゃくちゃ生々しいです。
涙出てきた。書いたときは全然気づかなかったけど。うまく言えないけど、お母さんだけどお母さん本人ではないの。お母さんが生み出した、わたしの中の絶対的な存在。もはやお母さんとは関係ない、ゴーストみたいなものなの。
──超自我ってやつですね。スーパーエゴもすごく強いし、エゴも負けないくらい強い。杏沙子さんの言葉に合わせて言うなら、優等生とヤンキーが同居して常に闘っているという。心の中はいつも嵐ですね。「わたしはこうです」と明快に言い切れない両面性、多面性を、僕は初めて会ったときから感じていました。
わ~。でも本当そうだね……。
──とうとうそれが率直に表現された曲が「絵」、というのが僕の見立てです。
うん。だから清々しいのかな。気持ちよさがすごいあります。
──書き残したことがこれまででいちばん少ないというか。
うん、ない。あんま思いつかない。全部書いた感じ。
──表現としては数年前の曲よりもむしろゴツゴツしていて粗削りだと思うんですよ。ただ、30過ぎての粗削りだから、20歳のときに書いた「道」の粗削りとは違う。
確かに全然違うと思う。言ってくれてたファンの人がいたなぁ。「道」の次の段階に行った、みたいに。
──伝わるもんですね。ものわかりよく、聞き分けよく、器用にやってきた杏沙子さんが久しぶりに発揮した粗削りだから、尊いですよ(笑)。
これまでほんと器用だったと思う、わたし(笑)。お手本があったからいくらでも書けたっていうのもあったと思います。前はこういう書き方じゃなかった。
──すごく詞先っぽいですよね。
圧倒的詞先です。《嫌われたくなくて》のくだりとか、まず詞を書いて、それに合わせてメロを作ったんで。
──あと、これはこの曲に限らないけど、ぴょんぴょん飛躍しないでストーリーをロジカルに進めていくところは、ちょっと槇原敬之さんの曲を思い出させる気がします。
書き始めたときのイメージがけっこう「僕が一番欲しかったもの」でしたからね。あの曲も現実というよりは空想というか、槇原さんの頭の中の仮想世界みたいなところで物語が進んでいくのがすごく好きなんですよ。手法的にもテーマ的にも、だいぶ影響があると思います。
──「僕が一番欲しかったもの」が好きだって話は初めてインタビューしたときにされていましたね。
今年に入って曲を書こうと思って、何を書きたいかなって思ったときに、とにかく《がんばるな 応えるな》っていうことを伝えたいなって思ったんです。そこから始まって、いろいろ書いたんですけど、どうしても説教っぽくなって、しっくりこなかったんです。そしたらあるときふと5年前ぐらいにこのテーマで1番まで書いてた断片があったのを思い出して、「あれを完成させよう」って思って。当時、何人かに聴いてもらって、あんまりいいリアクションをもらえなかったけど、自分は気に入ってたのをずっと覚えてたから、あれをちょっと変えればこのテーマで書けるんじゃないかな、と思って書き始めました。1番しかなかった歌詞は《なんだっていい 下手だっていい/僕が好きな絵を/破れるまで描き続けよう》みたいな終わり方だったんですけど、《描き続けよう》で終わるのは能天気すぎるなと思って。描けないんだから、実際(笑)。それで最後が《描けたなら》になったんです。
──願望というか反実仮想として描くことで、感情のリアリティを強化したわけですね。
そうです。最初はどリアルで書こうと思ってたけど、それはちょっとやだ、違う伝わり方しちゃうな、と思って。でも、5年前に欠片があったくらいだから、「自分のためだけの自分の絵を描きたい」っていう願いはずっとあったんだと思う。ずっとわたしの中にいるお母さんの絵を描いてたから。
かっこつけてないものに心を動かしてくれてる喜び

──「現代は成人年齢を30歳にすべき」というのが僕の持論なんです。それを立証するような曲……と言ったら我田引水が過ぎますが(笑)。
大人になっても、30歳を過ぎてもその呪縛から逃れられないというか、漠然とした《あなた》に選ばれたい、認められたいという気持ちに支配されてる人ってものすごく多いですよね。むしろそういう人のほうが多いんじゃないかって感覚がわたしにはある。そういう人たちがわたしと一緒にちょっと自由になって、清々しい気持ちで生きていけたらいいな、っていう気持ちです。
──この歌の《あなた》や《周り》はお母さんだけじゃなくて、ファンや仕事仲間や友達であったり、いわゆる世間というものでもあるでしょうし。そこを完全に無視して生きることはできませんからね。
うん。他人がいて自分がわかるっていう関係はずっと一緒ですからね。
──ただ、所属先がなくなって、以前ほどマーケティング的な思考に囚われなくなり、「みんなに好いてもらうためには」的なチューニングが、ゼロでは当然ないにせよ、バキバキではなくなりましたよね。
うん、そうですね。リリースして少し経ちましたけど、もうスッポンポン出したみたいな。迎合をほぼしてない状態でそのまんま出して、本当に届いたんだなって思える感想をたくさんもらえてるんです。こんな気持ちになったの初めて、っていうぐらい幸せです。
──すばらしい。スッポンポンどころか骨まで見せたぐらいの曲ですもんね(笑)。
骨を見せたのに、みんな「いい骨だね」「わかるよ」みたいになってくれてるのがうれしいです。高岡さんも言ってくれましたよね、ライブ見てくれたとき。「かっこつけてないのにかっこよく見えた」みたいに。かっこつけてないものにみんなが心を動かしてくれてる。本当にうれしいです。
──幕須介人さんのアレンジもすばらしいですね。
いいですよね~。わたしも大好きです。お会いしてアレンジをお願いして、曲はワンコーラスだけ渡したんですけど、その日のうちに「最初のフィーリングで(伴奏を)つけました」って送ってくれたんですよ。それがもうほぼこのまんまで。ちょうど散歩してたから、歩きながら聴いて、鳥肌が立ちました。ここまで合うかっていうぐらいぴったりで、その後フルでもらったのも、いっさい手をつけてないです。
──まるで弾き語りで作った曲であるかのように聞こえるのがすごい。
そうですよね。幕須さんの汲み取り力がすばらしいし、そもそも見えてる景色がこの曲に関しては本当に同じっていうか。仮想空間の色の感じとか、そういうのがたぶん一緒だったんだろうなっていうのは聴いて思いました。本当にすばらしい。アカペラを差し込んできたのは予想外で、ちょっとびっくりしましたけど。
──すごくドラマチックですよね。そのドラマに吉田ハレラマさんの映像が呼応していました。
ハレラマさんは音を絵に変換する天才だと思ってるんです。大信頼してお任せしたら、現場も全部ディレクションしてくれました。最初に「ドラマみたいなミュージックビデオにはしたくない」って言ったんですよ。
──「花火の魔法」や「瞬間冷凍ラブ」みたいなのとは違うものにしたいと。
そうそう。「いろんなカットがあって、いろんな人物がいて、みたいなのじゃなくて、誰かの表情とか、定点から何かをずっと撮ってるミニマルな映像がいい」って伝えてました。後日、リモート打ち合わせしてるときにハレラマさんがふと「いろんな人が混ざって変わっていく様子を俯瞰で撮る」っていうアイデアをポロッと言ってくださって、「それですね! めっちゃいま鳥肌立ちました」「僕も鳥肌立ちました」って二人で盛り上がって、「じゃあそれで行きましょう」って感じでした。最初はもっといろんなたくさんの人が混ざっていく予定でしたけど、最終的に「他人」と「自分」の2要素に絞って。
──なるほど。アレンジにも映像にも大満足ですね。
大満足! 本当にすばらしい才能の方たちに囲まれて生きてるし、そういうご縁をいただいてきたことに感謝だなって、本気で思ってます。アレンジで見える景色って本当に変わるじゃないですか。それがわたしが書いたときに見えてた景色とバチバチに一緒だったから、骨をより骨のまま出せたなって(笑)。






